JRAの女性騎手、板倉真由子の競馬人生

美浦トレーニングセンター

板倉真由子さんは、中学時代にテレビで見たトウカイテイオーのレースに感動し、騎手を目指すようになり、競馬学校の試験を受験しました。 しかし、一次試験はパスしたものの、二次試験で不合格となってしまい、この年に初の女性騎手としてデビューすることになる3名の女性騎手の中に入ることができず、悔しい思いをすることになります。

その翌年には競馬学校に合格し、1997年JRAの騎手としてデビューを果たすと、同期の中では最も遅かったものの、98年10月にJRA初勝利をマークしました。 その間、女性では初めて障害戦にデビューするなどの努力を重ねてきました。

しかし、なかなか騎乗数に恵まれなかったことに加え、板倉さん以外に女性騎手が他にも数名いたことで大きな話題にはつながらなかったこと、そして女性特有の非力さなども災いし、結果として1勝に終わってしまい、2001年をもって引退となってしまいました。

多くの女性が結婚し、競馬の第一線から足を洗う人が多い中、板倉真由子さんはその後も競馬の道には携わっており、美浦トレーニングセンターにおいて調教助手や厩務員として今も活躍しており、今日も競走馬を何頭もターフに送り出しています。